東京高等裁判所 昭和36年(う)2411号 判決
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〔判旨〕記録を調査して按ずるに、被告人は原審の第一回公判において本件傷害が被告人の所為であることを認め、被害者西牧吉政及び当時同人と同伴していた中島慎治が共に捜査段階において司法警察員に対し、示された暴力団員の写真中から被告人の写真を指示して、「犯人はこの写真の秋元清志という男に相違ない」旨供述し、また透視鏡を通して示された被告人を指して「この男の着衣や髪形は当時と違つているが、目、鼻などの顔の形や体の恰好は全く犯人と同じである」旨供述して居り、犯行現場である公衆浴場の経営者で当時現場に居合せた有波秀雄も司法警察員に対し「犯人は伊勢屋という肉屋の店員で、平常きよしと呼ばれている秋元という年令二十七、八才の男である」旨供述しているのであつて、原審の取調べた右証拠によれば、本件傷害の犯人は被告人であると一応認め得る如くである。しかしながら、被告人は、原審第二回公判以後は自分が本件傷害の犯人であることを否認し、また捜査段階においてもこの点を一貫して否認して居り、前記有波秀雄も捜査段階において既に検察官に対し「警察で示された秋元清志の写真は同人のものに間違いないが、大分前の若いときの写真のように思う」旨供述して、同人の言う犯人である秋元清志の犯行当時の相貌は右写真とは年令的にいささる異ることを明らかにし、更に原審証人として「本件傷害の犯人は被告人の兄の秋元に相違ないと思う。自分は警察で伊勢屋の秋元清志の写真だという写真を示して聞かれて、この写真の秋元清志が犯人であると述べたが、当時自分は被告人の名前も同人の兄の名前も知らず、且つ右写真は秋元清志の若い頃の写真だと聞かされたため、その写真を被告人の兄のものと感違いをして、その写真の秋元清志が犯人であると述べたのである」旨の供述しており、また被害者西牧吉政及び当時その同伴者であつた前記中島慎治の犯人の相貌に関する認識は、暴行騒ぎの短い時間内に得たもので、左程正確詳細なものでなく、従つて犯人が似寄つた兄弟の一人である場合後にその異同の識別を誤る可能性がないではないと考えられること等に鑑みれば、原判決の認定は未だ十分な証拠上の根拠ありとはなし難いとも言い得るところである。そこで当審において更に事実の取調べをなしたのであるが、前記有波秀雄は当審証人として「自分が司法警察員に対し本件傷害の犯人であると述べた秋元清志は、被告人を指すものではなく被告人の兄秋元健男を指すものであり、右犯人は右秋元健男に相違ない」旨供述し、また右秋元健男の友人である滝田一正も当審証人として「本件傷害は被告人の兄秋元健男の所為であり、自分は当時右健男と同行していてその犯行を現認し同人を制止した」旨供述し、更に右秋元健男は当審証人としての供述において自分が本件傷害の犯人であることを決定的には否定しないのであつて、これらの証拠によれば、右犯人は被告人の兄秋元健男であるとの疑いが極めて濃厚であると同時に、被告人を犯人と認むべき資料となる前掲証拠の証明力は甚だ薄弱であると認めざるを得ないのである。然して然らば、被告人が本件傷害の犯人であることの証明が十分であるとは到底なし得ないところであり、同犯人を被告人であるとなした原判決の認定は誤であるとなさざるを得ない。